印象に残った結婚式のエピソード
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6月といえば「ジューンブライド」という言葉を思い浮かべる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
最近は結婚式のスタイルも様々で、趣味やこだわりを取り入れた自分らしい結婚式が増えているようです。
そこで今回のテーマは、「印象に残った結婚式のエピソード」です。
みなさんがこれまでに参加した結婚式で印象に残っている内容や、自分の結婚式でこだわった演出について、ぜひ教えてください。
例えば・・・
・紙の招待状が郵送で届く代わりにSNSでフォトメッセージが届いて驚いた
・新郎がお母様にジャケットを羽織らせてもらうジャケットセレモニーが素敵だと思った
・新郎新婦共通の趣味だというアニメキャラが式の随所に散りばめられていて、こだわりを感じた
・新婦のお父様がリタイア後に極めたという手打ち蕎麦がふるまわれたが、本格的でおいしかった
などなど。
どんなところが印象に残っているのか、なぜ心に残ったのか、また、「こんな結婚式に参加してみたい」「こんな式をしてみたい」 といったイメージがあれば、聞かせてください。
ご自身の体験はもちろん、見聞きしたエピソードでも大歓迎です。
ご自身の結婚式の場合は、どんな思いをこめた演出だったのか、も含めて教えて頂けると嬉しいです。
みなさんの記憶に残る特別な一日を是非聞かせてくださいね。
From. with Glico事務局
その他のトピック
みなさんからのコメント
いとこの結婚式で。結婚式場の係りの方のやわらかい口調の誘導はすごいと思いました。
式が終わり、両家の記念写真の時「お並びください」の係りの声で、新郎新婦(最前列のど真ん中)の周りは両家のお年寄りでした。
ひと通り並ぶと、係りの方は「そちらのお嬢様、こちら中央一段お下がりください。」「こちらの殿方、お手数ですが一段上段におあがりくださいませ。」と場所の移動がはじまりました。
結果、新郎新婦の周りに両家の20代女性を固め、最初に新郎新婦の周りにいたお年寄りは、上段に移動になりました。
式場係りの方の完璧な誘導でした。
完璧な誘導ですね!年代を見抜くめの力すごいです。
当時としてはまだ珍しかったハワイ挙式でした。親孝行と思って両親を連れて行ったのですが、仕事を休むのに大変だったようです。でも、海外赴任経験もあった父のおかげで、いろいろなことがスムーズにできました。
数十年前に出席した友人の結婚式の引き出物が、鶴の絵が描かれている金属製の花瓶と大きなホールのバームクーヘンで、持ち帰るのがかさばり重くて大変だったのをよく覚えています。
引き出物は新郎のご実家からの要望で決められたらしく、後日、友人に謝られました。
式はあげなかったけど、お祝いを贈ってくれた親類には、
ホテルのスープ缶をお返ししたこと思い出しました。
地方の田舎。大きく重たく日持ちするにピッタリな条件でした。
大きくて重いもの!田舎の結婚式あるあるですね(*゚∀゚*)
知り合いの娘さんと結婚式は
娘さんのは サークル仲間が手作りで作ったケーキで
ケーキ入刀をしていました とても美味しそうで、サークル仲間たちの思いがとても伝わりました
ステージ花火、スパークにビックリしました🎇
夫の友人がバイオリンで「愛の挨拶」を演奏してくれました。
後輩上司が結婚されて招待はされなかったのですが写真を見せてもらいました。
ドレスの後ろ姿は珍しいとの事で写してありました。結婚後1ヶ月間仕事を休みましたので私は大変な思いをしました。
母の結婚式の時の写真はとにかくキレイでした。父は面長だったので母の顔を面長にしたのが私の顔です。母は玉の輿結婚で私もそうなりたかったです。
母は子供を産むたび300万円もらえてましたから。結婚式も盛大でした。
当時は大きな式場で豪華な結婚式を挙げるカップルが多かったですが、私はこじんまりした小さめの式場で親戚のみの式を挙げました。招待状や座席表など、できるだけ手作りで準備しましたが、そういう作業も楽しかったです🎵
時代によってはやりがありますよね。私の時はバブルで、職場の先輩はゴンドラで出てきました。
昭和の頃は結婚式は両家の沽券に関わる行事として見栄を張るものだったんですが、今では結婚する本人たちの希望通りにやれる風潮があっていいですね!
むかしは披露宴も会社の同僚を呼んだりするのが普通でしたね。社内で働く時の服装でなく、ドレスアップしたみんなの姿が新鮮でした。コロナを経て、公私の別もきっちりしているいまはそんなことないんでしょうね。ちょっと寂しい感じがします。
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